Esthéticienne

はじめまして。

 

sionsdekikukoエステティシャンのkikukoです。

降り注ぐ太陽と青い海、美しい砂浜でヴァカンスを謳歌しつつ、

日常生活では、プライベートエステサロンを持つフランス女性のように、

soinsdekikoでは大切な自分自身を「お手入れ」する時間をつくり、

 「あなた本来の美しさをサポートすること」をコンセプトに、

手でハート温めるオールハンドフレンチマッサージと、カスタマイズサービスを心がけています。

 


エステティシャンになった経緯と経歴の紹介】

エステティシャンという職業は、大学卒業後のフランス留学時代に知りました。

 

話はさかのぼりますが、

中学一年から「赤い炎症ニキビ」が額から始まり、頬、顎と23歳位まで、顔面全体の赤い大きなニキビに悩んでいました。触ってはいけないと知りつつも、授業中指でニキビを触り悪化、肌トラブルのない友人の肌をいつも羨ましく思っていた青春時代でした。
その当時は、肌を清潔に保とうと必死で「殺菌石鹸ミューズ」で洗顔したりなど、今では信じられない自己流のケアを真剣にしていました。

 

高校3年になる春、今は亡き恩師から勧められ環境問題をテーマにした作文コンクールに入選し、フランスを訪れる機会をいただきました。母からこの入選を聞いた時の喜びと、フランス訪問での感動は忘れられません。地方で育った私には、花の都パリは全てがまぶしく、同年代のフランスの高校生は大人びていて、男女共にその美しさに驚きました。
 彼らが、
「ビズ」という互いの頬と頬を合わせてするフランス式挨拶を、皮脂が多く全顔ニキビだらけの私とも同じようにしてくれたことは忘れません。

とても恥ずかしかったけれど、こんなニキビ顔の私と微笑みながら頬を合わしてくれたことは嬉しかったです。

そこからはフランスまっしぐらで、若さゆえの一本道です。
大学でフランス語を学び、卒業後渡仏。フランスの田舎町にて語学学校に通い、カトリックの女子寮に入りました。
気がつくと、いつの間にか悩みの種のニキビは治っていました。

後から考えると、フランスは湿度が低く空気が乾燥しています。そのお陰で私のニキビは、自然と改善されていきました。
幸いなことに、環境を変えることで偶然ニキビが治りました。

 

【毎日の肌ケアで肌環境を変えたり整えたりすると、肌トラブルは改善方向に向かうのではないか】

漠然とスキンケアについて考え出したのはこの頃です。

 

 寮のフランス人学生達がエステティックサロンに通ってお肌の手入れをしているのを知り、サロンを紹介してもらいました。これが私とエステティックの出会いです!


さらに、フランス生活で知り合ったフランスマダム達の
生涯をかけて自身の美しさを追求する姿勢に感銘しました。

たとえば、
日本から来た若い女性に、
彼女がつけている香水の銘柄をひっそりと尋ねるかなりご高齢のマダム、

周りの人に
献身的に働き、やさしさあふれるご高齢のシスターマダム、

気品と貫禄あふれる正装姿でオペラ座の会場へ入るマダム、

男性からバラの花束が職場に届く、美しいマダム、
 
真紅のネイルを毎週サロンでリクエストする銀行家のマダム、

(皆さん実際にお子さん、ご主人もしくはパートナーがいらっしゃいます。
外見の美しさのみならず、社会的に自立し・社交的な面も特徴的でした。)

 

パリに限らず、地方でもフランスに暮らす女性は、「ただのおばさま」にならないのです。
正直いって、若い方で素敵な女性は少ないです。
若い方は、外見は大人っぽくある程度綺麗に見えても、よくよく接すると内面は幼く美しさに欠ける残念な方のほうが多いなと正直思いました。
しかし、年齢を重ねるほど、人間的に美しさも増すフランスの女性たち。

20代前半の私には、フランスマダム達が
謎で、とても刺激的!かつ美しく見えてしょうがありませんでした。
そんなフランスマダムの美しさをサポートし、美しさのエッセンスを引き出す手段として、多くの女性達がいきつけのプライベートエステサロンを持っています。

そこで、フランスマダム達と肉体的にも精神的にも接するエステティックを学びたいと思い、
フランス国家ライセンスCAPをパリの美容専門学校「カトリーヌ・セルタン」にて習得しました。
フランスではエステシャンは国家免許が必要です。そしてフランスは移民の国。
さまざまな肌色、肌質、美的感覚、美容習慣を学ぶ機会に恵まれた事はラッキーでした。
 
 
最近思うのですが、なぜフランスマダム達が美しく年齢を重ねられるのか?
その謎を知りたい一心で、この業界に飛び込んだといった方が
その当時の自分の気持ちに沿っていると思います。

 

 その後、パリ屈指の高級住宅地ヌイイや、南仏エクサンプロバンスでサロンワークし、
2005
年に帰国。

パリにてエステ業界に足を踏み入れ早17年、
フランス化粧品メーカー「ソティスジャパン株式会社」にて製品紹介や技術インストラクター、

その後、東京ミッドタウン皮膚科形成外科クリニック「Noage(ノアージュ)
に勤務し、当時今泉明子院長のもとメディカルエステや最新の美容医療を学ぶ機会をいただき、2019年まで週1日ノアージュにて施術していました。
 
生活の拠点を
大阪へ拠移し、2012年春からsoinsdekikukoを始めました。
新しい土地での出会いに感謝し、
日々エステティックと向き合っています。


長文となりました。最後までお読みいただきありがとうございます。
このご縁に感謝して、今後ともよろしくお願いいたします。

kikuko